勉強してたのに落ちた。LPIC101で気づいた“自分の学び方のクセ”

12月13日、LPIC101に落ちた

12月13日。
LPIC101試験に落ちた。

試験の2ヶ月前には予約をして、料金も払い込んでいた。
毎日勉強はしていたと思う。
朝の1時間、帰りの通勤時間、ちょっとした隙間時間。

結果を見た瞬間の正直な感想は
「やっぱりな」だった。

自信はなかった。
勉強量が足りないとも思っていなかったけど、「受かるだろう」という感覚もなかった。

最初の2週間は、正直楽しかった

UTMでUbuntuを立てて、コマンドを叩きながら学習を進めていった。
最初は順調だった。

「あ、これ前にUdemyでやったな」
「このコマンド見たことある」

そんな瞬間がちょこちょこあって、むしろ少し楽しかった。
Linuxを触っている感じもあったし、「勉強してる感」もあった。

この時点では、
「ちゃんと進められている」と思っていた。

最初のつまずきは「説明に説明が必要」な世界

最初に明確に手が止まったのは、あずき本を使い始めた頃だった。

コマンドの説明が、初心者には少し不親切に感じた。

例えば
「Postfixを停止する」と書いてある。

いや、
Postfixって何?
ってなる。

コマンドを理解するために、
その前提となる単語や仕組みを知らないといけない。

新しい単語が出てきて、
その説明の中でまた新しい単語が出てくる。

わからない単語が、頭の中でどんどん積み重なっていく。
その状態が続くと、ストレスを感じ始めた。

「今、自分は何を勉強してるんだろう」
「どこに向かってるんだろう」

完全に迷子になる感覚。とにかく続けることを目標に参考書を開いた。

「ちゃんと勉強できてるのか?」という不安

わからないことが増えるたびに、不安が出てきた。

  • このやり方で合ってるのかな
  • 本当に身についてるのかな
  • ただ時間を使ってるだけじゃないか

特にきつかったのが、コマンドのオプション。
似たようなものが多くて、共通ルールを見つけようと必死になった。

権限まわりは比較的すんなりいったけど、
systemdに関しては

「これ古い仕組みなのに、なんで勉強する必要あるんだろう」

そんなことも考えていた。

Debian系、RedHat系。
Ubuntuはどっち?
毎回ここで引っかかる。

パッケージ管理、シェル関数、正規表現。
新しい単語が出るたびに、学習が止まった。

完璧主義という最大の敵

わからないときは、
ChatGPTに聞く。
Udemyの動画を見返す。
ネット記事を探す。

腑に落ちるまで調べる。

気づいたら時間がかなり過ぎている。
それと同時に、焦りも強くなっていった。

「理解してないのに先に進むのはズルなんじゃないか」
そんな変な感覚もあった。

よく見るアドバイスに
「理解してから次に進むのではなく、曖昧なまま進め」
というものがある。

頭ではわかっていた。
でも、実際にやるのはかなり難しかった。

どうやらこれが、
自分にとっての最大の敵だった。

学習計画が崩れた瞬間

学習計画が遅れ始めたのは、2週間を過ぎたあたり。

一度気になったことから離れられない。
調べて、また別の単元に手を出してしまう。

点が点のままで、線にならない。
全体像が見えないことに、どんどん焦り出す。

計画を見るのが嫌になった。
「もう間に合わないかも」とも思った。

ChatGPTに再度相談すると、
返ってくる答えは同じ。

  • 一単元にこだわりすぎない
  • わからなくても「ふーん」で進む

正しいとわかっていても、実践するのは難しかった。

「できてるつもり」と試験のギャップ

Udemyで学習しているとき、
コマンドは動いていた。

画面通りに操作もできていた。
でも、なぜそうなるのか説明できない部分も多かったことは自覚あり。

Ping-tは、問題文が簡潔で、
選択肢からコマンドを選ぶ形式。

一方、本試験は
問題文の理解にかなり時間を使った。

選択肢も似たようなものばかりで、
どれも正解に見える。

オプションの細かい違い。
知らない単語。

「あ、これは別物だな」と感じた。

Ping-t50%でも試験を受けた理由

Ping-tの正答率は50%前後。
合格レビューに書いてある80%には、まったく届いていなかった。

それでも受けた。

「もうやるしかないか」
試験2日前、そんな気持ちだった。

受かったら儲けもん、くらい。

経験にしたかったし、
自分の中で一度区切りをつけたかった。

正直、落ちるとわかって行った失敗は、そこまで心に響かなかった。

でも、
「もっとやれたはず」
「自分の勉強のクセがはっきりした」

その感覚は、確かに残った。

この試験は無駄じゃなかった

この試験が無駄だったとは思っていない。

あずき本やUdemyでわからなかった部分を、
Linux教科書で補ったとき、
「あ、そういうことか」と腑に落ちた感覚があった。

弱点が、少しだけ強みに変わった気がした。

今は正直、
まだ次に進めていない。

リベンジすると言いつつ、行動できていない。
だからこそ、この記事を書いている。

今の自分から、当時の自分へ

きばりすぎないように。
淡々とやること。

1日の終わりに、
A4用紙に今日やったことを書き出す。

それを、次は続けてみる。

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